ウガンダ生活

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「生きづらさ」との格闘と、読書8

「虹の解体」

おそらく生まれてからずっと一神教的な世界観のもと生きているひとにとって、神様のいない世界を思い描くのが困難であるのと同じように、私の無神論者としての立場もまた頑なに揺らぐことはありませんでした。それどころか上記著書を始めとしたドーキンスの身も蓋もない各著作を読むにつれて、この見解はますます固められていくこととなります。

キリスト教信者からはしばしば悪魔の手先のごとく言われているドーキンスですが、神の存在や、宗教的な利他性に人間の存在意義を見出そうとしない彼のドライな人間観は、ここにきて私の世界の捉え方に新たな風穴を開けてくれました。

それは、「そもそもなぜ私たちは超越者を必要とするのか?」「なぜ生物に本来備わった利己性を憂うのか?」という素朴な疑問です。

利己的な遺伝子 <増補新装版>

利己的な遺伝子 <増補新装版>

  • 作者: リチャード・ドーキンス,日高敏隆,岸由二,羽田節子,垂水雄二
  • 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
  • 発売日: 2006/05/01
  • メディア: 単行本
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内容あらすじ:

「なぜ世の中から争いがなくならないのか」「なぜ男は浮気をするのか」―本書は、動物や人間社会でみられる親子の対立と保護、雌雄の争い、攻撃やなわばり行動などが、なぜ進化したかを説き明かす。この謎解きに当り、著者は、視点を個体から遺伝子に移し、自らのコピーを増やそうとする遺伝子の利己性から快刀乱麻、明快な解答を与える。 

ベストセラー「利己的な遺伝子」は、それまでの私の人間観に強烈なひびを入れました。彼の言葉でいう「遺伝子の乗り物」としての人間像は、「意思決定する生物」という自己イメージを疑い始めるきっかけになりました。遺伝子によって全てが運命付けられているとまではいえないまでも、少なくとも私はもしかして自分が思っているほど自由意志を持った存在ではないかもしれないという、漠然とした直感を私は抱きました。

またこのような人間観・世界観をもってして健康的に生きていける、ドーキンスその人の神経の図太さに私は驚きました。彼は決してペシミストやニヒリストではありません。無価値観にも、無力感にも苛まれていません。「虹の解体」ではむしろ科学を通じてこの世の不思議を生き生きと伝えてくれる、知性と好奇心に満ちた一面を見せてくれています。

ちなみにこの本のタイトルは非常に示唆に富んでいます。かつての人々にとって虹は摩訶不思議なものでした。科学によってそのメカニズムが明らかにされたとき、ある人々は「虹の魔法が失われてしまった」といって嘆きます。ドーキンスの世界観を「無味乾燥で、味気ない」と感じる人の見方がこれだとすれば、虹のメカニズムそのものがこの世の不思議であり、奇跡であり、詩的な美であるとするのが彼の主張です。そこに彼は生きる喜び、情熱を見出しています。そのような科学のメカニズムに、例えば根拠のないアナロジーを見出すことは、「悪質な詩」である。科学は人間に備わった認知の歪みの誘惑を退ける「良質な詩」でなければいけないと彼は訴えます。その徹底的な誠実さに私は心を打たれました。

同時にここで私の考えを密かに支えたのが、いつかのアドラーの「人生それそのものには意味はない」という、意外なほどあっさりとした断言でした。「意味がない」というのは希望の否定ではなく、人間のあらゆる二元論的価値判断を退ける、いわば「希望/絶望のどちらでもない」状態をさします。この世にただ宇宙が存在し、そこに無数の星が存在し、その一つに私たち人間が住んでいる。それ以上でも、それ以下でもない。それまで私の世界をすっぽりと覆っていたかに見えた「価値」や「意味」の膜は、見た目以上に脆く、思わぬところで私はその向こう側へと滑り落ちてしまったのです。