ウガンダ生活

ウガンダ・ブイクウェの生活を実況中継中

2019-04-09から1日間の記事一覧

「生きづらさ」との格闘と、読書10

社会以前へ こんな風にして私の「生きづらさ」は時間をかけ、紆余曲折をへて、ときに思わぬことをきっかけにしながら、少しずつ軽減していきました。 もちろんいきなり全てが怖くなくなったわけではありません。依然として将来への不安はあるし、発作的な孤…

「生きづらさ」との格闘と、読書9

意味の向こう側 ここから、私の興味は哲学・社会学・心理学から、急激に科学の分野へ移行していきます。 自分の「生きづらさ」を分析・解体するために、私はこれまでずっと社会の中における人間の「あるべき姿」に目を向けてきました。けれど今やこの「べき…

「生きづらさ」との格闘と、読書8

「虹の解体」 おそらく生まれてからずっと一神教的な世界観のもと生きているひとにとって、神様のいない世界を思い描くのが困難であるのと同じように、私の無神論者としての立場もまた頑なに揺らぐことはありませんでした。それどころか上記著書を始めとした…

「生きづらさ」との格闘と、読書7

生きていてもしょうがない・・・ しかしこの急旋回は、私にはいささかの劇薬でした。 それもそのはず、それまで二十数年間を「他人に愛されること」だけをほぼ唯一の目的にして生きてきたのだから、そうすぱっと他に代わる人生の目的が見つかるはずもありま…

「生きづらさ」との格闘と、読書6

もしかして人間嫌い? フロムの「愛するということ」を読んで以来長らく、私はすごく博愛的な人間を目指していたし、自分にそうなるポテンシャルがあると思い込んでもいたのですが、ケイティの著作を読んで初めて私は「そもそも私は自分の存在価値を確かめる…

「生きづらさ」との格闘と、読書5

そもそも愛されることは必要かどうか 振り出しに戻って困り果てていた頃、中目黒のブックオフのワゴンセールで、私はこれまたモテク本と間違えて妙な本を購入します。これがケイティ・バイロンの「探すのをやめたとき愛は見つかるー人生を美しく変える四つの…

「生きづらさ」との格闘と、読書4

手段の目的化 「愛するということ」は平易な言葉で書かれた、非常に読み易い本です。しかしそこに書かれた理論の実践は全く簡単なものではないということを、その後今に至るまで私は痛感し続けることとなります。 はれてマネージャーになり、一年半ほど管理…

「生きづらさ」との格闘と、読書3

「愛されたい」が高じて この頃から私の最大の関心は、異性関係においていかに無限大の愛情をパートナーから取り付けるかということへ移っていきました。子供時代の親との関係が交換不可能なものならば、その分今から新しい誰かに愛されなければ割に合わない…

「生きづらさ」との格闘と、読書2

原因論の罠 最初に壁にぶち当たったのは大学に入った頃でした。それは「生きづらさの原因がわかったからといって、生きづらさそのものが取り除かれるわけではない」という、今にして思えば当たり前の気づきがきっかけでした。 要するに、「私が生きづらいの…

「生きづらさ」との格闘と、読書1

10代の頃から今日に至るまで、ずっと漠然と「生きづらいなあ」と思ってきました。 ここで私が言う「生きづらさ」とは、自分の中にある他人への劣等感、その裏返しのプライドの高さ、虚栄心、羨望感、孤独感、嫌われることへの恐れなどなど・・・総じて、他者…